ランニングジョギングスタイル

大河ドラマ「いだてん」の主人公はマラソンの父 金栗四三

2019年のNHKの大河ドラマは「いだてん」というタイトルのドラマ

今までは大河というと武士、侍など戦国時代とか明治維新までの物語がほとん

どで、明治大正昭和の近代の歴史に残る人物としてはおそらく初めてなのでは

ないでしょうか。

そして『いだてん」は近代オリンピックに初めて参加した2人の日本人選手の

うちの1人、マラソン選手でマラソンの父とも言われる金栗四三の物語という

ことで、一市民ランナーとしては嬉しい限りの大河ドラマです。

一昨年池井戸潤原作の小説「陸王」のドラマ化でランニングシューズについて

やミッドフット走法などのマラソン、ランニングに関する小さなブームが広が

りランニングする人(私など)は密かに盛り上がっていたところに来ての1年

間をかけての大河なので期待も大きくなります。

東京マラソンが始まった頃がランニング人口がぐっと増えたランニングのブーム

の一つ盛り上がりでしたが、今回のこの大河ドラマ「いだてん」でまた走る人が

増え、ランニングブーム再熱となるのではと期待しております。



金栗四三って何した人?

1912年(明治45年)スウェーデンのストックホルムで開かれたオリンピックに

三島弥彦とともに参加した日本人初となるのオリンピック選手です。

そして金栗四三は箱根駅伝の提唱者であり、富士登山競争、高地トレーニング、

インターバルトレーニング、マラソン中の給水などなど日本に新しい練習方法を

次々と取り入れる事で日本マラソン界に尽力した事で、日本マラソンの父と呼ばれ

ています。

特に1月の2日3日に行われる箱根駅伝はお正月の風物詩となっていますが、始まり

は約100年近く前にこの金栗四三がこれからの日本のマラソン界を強化してレベル

アップして行く為に大学対抗の駅伝レースを開催したらどうかと提案したものなの

です。

そして走る人だけではなく見る人も楽しめるものにしたいという事でコースは起伏

があり、富士山も望める東京と箱根間となり第一回から大変な盛り上がりを見せた

ようです。

出典:日本マラソンの父:金栗四三ミュージアム(大河ドラマいだてん和水町推進協議会)

金栗四三は何で有名なの?

1911年、初めてのオリンピック出場に向けての予選会が行われた。

東京高師の陸上部に所属していた金栗四三はオリンピック予選がある事を新聞

記事で見て「挑戦してみたい」と予選会を走る事となったが、ここでフルマラ

ソンの40キロの当時の世界記録を27分も上回るタイムで走り抜け見事一位で

ールしたのです。

しかしいくら早いといってもいきなり世界記録を27分を上回ることは考えにく

く当時の距離の測定や計っていた時計が正確ではなかったのではないかと言われ、

公式な記録として公認はされなかったそうです。

それでもこの時金栗四三は40キロという距離を走るのも初めてで12人の予選参

加中完走できたのは5人のみという中で2時間32分45秒の記録は素晴らしいも

のであることは間違いないと思います。

しかもその後の大正2年と3年の陸上競技選手権でもそれぞれ世界記録のタイム

を出しているのだが、同じ理由でこれらも残念ながら公認はされなかったようです。

また大阪道頓堀にあるランニングシャツと短パンで笑顔で両手を広げてゴールイ

ンのようなあのグリコマークのマラソン選手のモデルの一人でもあるようです。

極東オリンピック優勝のフィリピンのカタロン選手、1924年のパリオリンピッ

ク出場の谷三三五選手や金栗四三選手など複数の人がモデルとなっているよう

です。

しかしよく見るとグリコマークのランナーさんは笑顔でとても力強いゴール

ですね。

金栗四三の記録は誰にも破られない?

初参加のストックホルムオリンピックのマラソン競技で金栗四三はレース途中

で行方不明となりゴールをしていなかったのです。

実は猛暑と疲労で倒れたところを民家に運ばれ介抱されていたのですが、その

後正式に競技本部にリタイヤを告げることもなく閉会式にも出ずに帰国してし

まったので消えた日本人ランナーとしてスウェーデンでも話題となっていたの

です。

その55年後に「あなたは1912年7月14日にオリンピック競技場をスタートし

て以来何ら届けもなくまだどこかを走り続けていると想定されます。

スウェーデンオリンピック委員会はあなたに第5回オリンピックストックホル

ム大会マラソン競技に完走を要請します」という手紙と共に、スウェーデンオ

リンピック委員会から五輪の記念行事に招待されたのです。

スタジアムを約10メートル程走りゴールをするという粋な計らいでそのタイム

は55年8ヶ月6日5時間32分20秒となったようです。

「日本の金栗四三選手がゴールしました。これで第5回オリンピックストックホ

ルム大会は、すべての日程を終了しました」との場内アナウンスでスタンドから

万雷の拍手を受けたのです。

出典:日本マラソンの父:金栗四三ミュージアム(大河ドラマいだてん和水町推進協議会)




まとめ

金栗四三は日本人で初めてオリンピックのマラソン競技に出場したマラソン

ランナーで箱根駅伝やランニングのトレーニング法など数々の新しい事を取

り入れ実践していった日本マラソンの父です。

まだまだ金栗四三の実績、エピソード、功績はたくさんあります。東京オリン

ピック招致にも奔走し、後進の指導、マラソンや日本のスポーツ振興に多大な

貢献をしたのです。

大河ドラマではどこまでがどのように表現されるのかは見てのお楽しみですが、

世界で活躍するランナーやオリンピックで金メダルを取るような選手がたくさ

んいることも、また私たちが今こうしてランニングをしたりフルマラソンの大

会に気軽に挑戦できるようになっているのはこうした金栗四三のような人たち

のおかげでであることを覚えておきたいと思います。